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「もしもし 俺やけど」

 人様が定年を迎えようという歳から、老人ホームに勤め始めて足掛け十三年。今や老々介護の「感」強しの私だが、まあ何とかやっている。が、唯一つ気が引けるのは、勤務中に夫が電話をかけてくることだ。ここ半年くらい前からとみに頻繁で困惑している。
「山元さん、ご主人からお電話です」の取次ぎの後に、「もしもし、俺やけど」とくるこの口調。オレオレ詐欺の横行する昨今、その「俺」には惑わされない自信はあるが……。
 ダントツに多い用向きは、「今、○○店で、生きのよい魚を一匹買ったからな」である。
 魚はタイであるかと思えば、ハマチであったり、ヨコワだったり。元来、彼は買い物好き。それもこよなく愛する晩酌の肴を求めて歩く。私の勤め帰りに肴を買わなくてもいいという、忠告なのである。
 こんな彼を責められない弱みが、実はある。かつて私がホームから採用通知を貰ったとき、定年を迎えていた彼は真っ向から反対。女房のいない不便さ(昭和一桁(ひとけた)生まれの男の横暴か)が支配したらしい。一方、私は夜学で福祉を学び、この道に進もうともう決めていた。話し合った末、「ホームへはいつ訪ねて来てもよし、電話もよし」。こんな他愛も無い「協約」で、納得したような事情があった。
 この十月半ばの昼下がり。いつもの「もしもし、俺やけど」は、案に相違していささか緊張した声音。思わず受話器を握り直した。
「えつ、肝臓で緊急入院したって。それ、どういうことなの!」。オレオレ詐欺の新手かと思ったが、疑っている場合じゃなさそうだ。
 けさ心臓の定期健診で総合病院へ行ったのは確かだ。そのほうは異常なかったのに、数日前微熱があり、町医者の薬ですぐ治まったことを話した。それではと血液検査をしたら肝臓の数値が異常に高い。緊急入院せよ、と足止めをくらったのである。
 私は取るものも取り敢えず病院へ自転車をとばし、病室を探し当てた。まもなく華奢(きゃしゃ)で若い主治医が入ってこられる。胆管炎の疑いあり、一週間後にMRCPの検査をする。それまで絶食し点滴をつづける等々、丁寧なご説明。承諾書にもハンコを押す。否応無く権力に服従せざるを得ないような時の流れ。
 さすが入院嫌いの彼も観念しているかに見えた。休肝日もなく酒を呑む者の成れの果てか、とも思える。が、今更責めてどうなる。彼を≪奪回≫するための努力と辛抱あるのみと言い聞かされるほかない。ところがである。
 入院して三日後の午後八時。わが家の電話がけたたましく鳴り響く。この「もしもし、俺やけど」は、怒り心頭に発する様相である。「すぐ迎えに来てほしい。退院だ。こんな病院にはおれん!」が辛うじて聞き取れる。「いい加減にしてよ」とぼやきながら、夜の路地裏を斜交いに病院へと走らねばならない。
 連日の点滴で腹部が膨張し、浣腸剤を頼んだのに、三十分も遅れて看護師が下剤を押し付けてきた。下剤は如何に合わないか、カルテにある筈というのが彼の言い分。対する主治医はその対処の誤りを平信低頭にわびた上で、人道的にも退院は許可できないと、「退院」を主張する患者とは平行線のままだ。
 無理無体な言い分の夫が憎らしい。必死の説得も聞き入れようとしない。結局、一週間後のMRCPは必ず受けることを条件に、退院は許可された。私は主治医に深謝し、こん形で≪奪回≫することの悔しさを噛みしめながら、彼とともに病院を後にした。
 退院後、三分粥から八分粥へと、それに見合うお菜作りに苦心しながら、何とも心もとなかった。が、その心配をよそに彼には生気が漲りはじめた。体のメカニズムはどうなっているのか。MRCPも一ヶ月先に延びた。
 このところ陶芸に没頭だ。昨日は「もしもし、俺やけど。会心の花瓶ができたよ」と嬉しげだった。やえやれ疲れる。はた迷惑を考えず、呆れるほどに本音で生きる御仁である。

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