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老いのあがき

 夫七十七歳、妻(私)七十二歳。今やこの国の、五人に一人という高齢化社会の中枢的な陣容であろう。なのに、どうしたことか、私共は世間から抹殺されまいと、切磋琢磨の日々をすごしている。かような有様で……。
 夏至が近く、まだ太陽も沈もうとしない午後5時半すぎ、早めな二人だけの夕食タイムだ。夫はちびりちびりと晩酌をやりながら、だしぬけに話しかけてくる。
「それはそうと、カァサンや。俺のガン保険はどうなっている?」「どうなってるって、月七千五百円の保険料を、かれこれ七年ぐらい払いつづけているかしら?」「そんなこと分かっているよ。それより、このまえ『心臓疾患』で入院したときに、見舞金でも出たんかと、聞いているんや」「出る筈ないでしょう。ガンではないんだから……」「そんな保険なんて、あるやろか。おかしいぞ」。憤った夫の顔がみるみる変わって、私に怒鳴ってきた。「解約だ。今すぐ会社に電話しろ!」
 彼は過程ぬきに結果だけで私に迫るから、毎度ことがややこしい。酒量ふえるにつれ同じことを繰り返すが、言わんとすることは分からぬこともない。ガン保険といえども、他の病気で入院したとき見舞金ぐらいは払うべきだ。現に加入している交通災害保険(損保)からは、交通事故でないケガでも慰労金が出たではないか、という論法なのだ。
 急いでガン保険の約款を開いてみる。悪性のみが対象だ。同じガンでも良性ポリープ、上皮内新生物(腸粘膜内ガン)は、該当しないとある。では、なぜ、こんな融通のきかない保険に入ってしまったのだろうか。
 若いときから彼は保険ぎらいだった。病気になんかなるものかと、意気軒昂たる産業戦士そのものだった。二人の娘を育てる専業主婦の私は、やみくもに路頭に迷う母娘の絵図ばかりが胸中を去来し、どれほど夫に泣きついたか。が、彼は頑として首を縦にふらない。ついに保険なしの生活をずっと続けてきた。
 ガン保険は定年後、彼が七十歳のときに加入した。今なら有利だからと厚生年金協会からすすめてきたのだ。ガンにはかかる筈がないという冒涜(ぼうとく)心があったのか。それとも現役時代の上司や仲間も入ったというから、付和雷同したのだろうか。彼は、「ガン保険」という名の生命保険を後にも先にもたった一度だけ、この時、自分の意志で購入した。以来、その給付を受けないで済む幸運な道を、歩んで来てはいるが。
≪……解約だ。今すぐ会社に電話しろ≫
 頑固一徹な気質は昔も今も変わらない。時間は午後七時前。電話の向こうの社員は、昼間のような繁忙さの雰囲気から「何とか解約を思いとどまって」と、こちらを慰留する。それをムゲにも断れと、夫が私の横でせっつく。
 後日、解約書類が送られてきた。私は早速必要事項を記入、添付すべき書類も同封の上、封筒の口を糊付けした。
 これと同時進行で、私は別の保険会社を二、三あったてみた。七十七歳にもなっては、どこも簡単に門戸をかけてくれそうにない。
 郵政の簡保保険は七十歳までだ。しかも病歴の告知義務が付帯する。某社が八十歳までOKという入院保険をテレビで宣伝中だ。ありがたいことに告知義務なし。「これだ」と、書類をとりよせる。が、支払い対象外の欄に『心臓疾患』等と、小さいポイント活字がことさらに大きく光って見える。「あぁ、駄目か」。こうした私の下調べに感づいた夫は、「この年になると、保険にも入れんのか」と、ぽつり。私には何を今更の感がしないでもないが。
 糊付けしたガン保険解約の封書を投函しようと、私は夜の表通りに出た。と、ふいに彼の追っかけてくる気配がするではないか。
「悪いけど、その投函、ちょっと待ってくれんか」。多くを語ろうとはしないが、せっかく入ったガン保険を、不本意ながらも捨てたくない気持ちが痛いほど分かる。そこはかとなく見え隠れする「老いのあがき」。こんな日常生活を送っている私共は、まもなく金婚式を迎えようとしている。

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