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山、清流に囲まれた町で

 拝啓 岐阜県郡上八幡町・観光課様


 突然の書状を差し上げる失礼をお許しください。私は大阪在住で、この八月上旬、私の夫と一緒に御地を観光した者でございます。
 東京の娘一家と恒例の温泉旅行で、今夏は『飛騨・高山で会いましょう』との合言葉で、その一日を過ごし、翌朝、高山から蛭ヶ野高原までドライブしました。私たちはここで一家と別れ、すぐ南に位置します郡上八幡を訪れるのが、かねてよりの予定でした。
 私たちが夫の定年を機に、かねがね興味を抱いていた大阪の川を訪ね歩いて、二年半がたちます。川のようすを私が文章に夫は写真にと、お互いに好きなことの二人三脚で記録しつづけております。この関係で、マスコミによく登場する御地、吉田川の清流のすばらしさには、憧憬の念を抱いていたのです。
 折しも八月上旬は御地名物の「郡上踊り」の最盛期のこととて、宿の予約をとるのに難渋しました。やむなく貴課に泣きついて確保して頂いたような次第でございました。
 ところで郡上八幡での夜、民宿で夕食も終えやれやれと一息ついたときでした。突然、夫が咳き込みはじめました。喘息の発作です。一瞬、目の前が真っ暗になりました。「大丈夫や、すぐおさまる」と夫は、私を心配させまいと強気でした。でも、私は「病院を探してくる」と部屋を出ました。即、救急車というのは夫の逆撫でになります。民宿の主人に尋ねると、近くに病院があるにはあるが、電話番号はわからないと言われます。
 夫の場合、病院があっても、万一のときのためにメモしていた「ソリターT3」「ネオフィリン」の点滴薬がなければ、何にもなりません。私は闇雲に夜の町へ飛び出しました。川探訪では、文章とカメラの視点が違って離れ離れになってしまい、よく喧嘩します。が、この喧嘩仲間をこの山中で失いたくない、と切羽詰った思いで一杯でした。
 やがてぼんやりした明かりの中に「新生会・八幡病院」がありました。たまたま居合わせた看護婦さんに「ソリターとネオフィリンがありますか?主人が喘息の発作で……」と私は唐突に叫びました。「同じのはありませんが似たものなら……」。彼女の答えは実に機敏でした。私は胸が熱くなりました。
 朗報をもって引き返していきますと、民宿近くの道端に人のうずくまる気配がします。よく見ると夫でした。私のあとを追っかけてきたが、それ以上歩けないでいたのです。再び病院へととってかえし車椅子を頼みました。
 それから二時間余の病院の対応は、旅人でトビコミの私たちでしたのに、実に気持ちよく適切そのものでした。気がついたら当日は日曜日、しかもそんな夜間です。夫を診察してくれた当直医は四十歳くらい、看護婦さんは長い髪の美しい方でした。ちなみに、そのときのカルテ番号は六九一〇です。
 嘘のように元気を取り戻した夫と、翌日は予定通りの観光をして帰路につきました。あの吉田川上流での、斜面をなす川床一杯を透き通るような清流が朝陽に光り、高らかな音を立てる光景が、今でも目に浮かびます。
 早速、この喜びをお手紙にと思いつつ、はや四か月も経ち、師走となりました。あれ以来、夫はやはり通院治療しておりましたが、最近では、前にもましての健康をとり戻せております。御地は山深い盆地にありますが、想像もつかないような活気のある城下町でした。そしてあの涌き水と清流。そこに育まれた人々。ソリター、ネオフィリンは当然のごとく常備されていたわけですが、その出会いは、不思議な縁としか思えません。
 私たちは淀川の岸辺に住んでいます。眼下の川面には、早くも北国からカモが群れをなして渡ってきました。その横の堤防でクラブを振る夫。まもなく平成四年は暮れようとしています。こんなありきたりなときの流れを、今ほど心に染みたことはありません。

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