ボリショイサーカスを見て
所用があって東京へ行ったら、ボリショイサーカスがきているというので見にいくことにした。久し振りに童心にかえりたかったし、ソ連邦消滅が伝えられる中、ようこそ、との思いがあったからである。
東京ドーム前特設テント内は、立ち見客も押しかけて超満員だった。開幕と同時にシーソー・アクロバット、イリュジョン(魔術)などとプログラムは展開したが、まず驚いたのは演技者のことである。男も女もつぎからつぎへと出てくる。揃って美しくしまった筋肉と均整のとれた体型で実にきびきびしている。それに意外と小柄な人もいる。テレビで見かける大柄で豊満なあのイメージのソ連人ではない。どういうことだろう。よくよく見ると金髪の西洋系の人がいるかと思うと、日本人と同じ黒髪をした人もいるのではないか。
こんな彼らが和気藹藹(わきあいあい)と、オリンピックの体操のような絶技を披露してくれる。これは単なるサーカスではないぞ、と思った。
サーカスのちらしによると、なんでも団員は七千五百名、今回そのうち五十名ほどが出演している。殆どが国立サーカス専門学校の出身者だが、この学校に入るのに全国各地から集まりその競争率が三十倍以上だそうだ。あらためて世界大百科事典『ソヴェト連邦』を引っ張ってみると、ロシア人を筆頭にユダヤ人、北方諸族、中国人とその数約二百近い民族から成り立つとある。他民族とは知っていたが、なりほど、彼らの多彩ぶりとエリートぶりが納得できるわけである。
つぎに彼らと共演する動物が、猿、鶏、犬、猫など人間と共存するものばかりなのに気がつく。唯一、動物らしい動物が出てくるのは三匹の熊だけで、それも私はぬいぐるみかと間違うくらいおとなしかった。その熊が人間並にアクロバットとダンス、それに輪投げまでするのだから、ほのぼのした親近感が沸いてくる。
三年ほど前、私は大阪にやってきたラスベガスの『ツムラ・イリージェン』というのを見たことがる。これはマジックショーだったが、場内に煙がたちこめレーザー光線がまたたく中、人間よりもむしろ動物が主役とばかりに出てきた。ただ、あのときライオンや虎や象が狭い舞台に頻繁に現れて、なんとも落ちつかなかったものである。アメリカの豪華、絢爛さに比べて、ソ連のこれはなんと素朴さの漂う光景であろう。この農村的な雰囲気と洗練された都会的な演技とが不思議にマッチして、観客をぐいぐいと引き込んでいく。やはり効果的な演出ということだろう。
一番の見せ場だと思ったのは、やっぱり空中ぶらんこで、ここでも演出のうまさが際立っていた。空中で向かい合う二組の演技者がゆっくりぶらんこに揺れる。相方のぶらんこに手渡りしていく技は、絶対に失敗は許されない筈である。場内の観客がしんとなって見守る中、間一髪のところでのっけから失敗を演ずる。それは巧みにである。みんな思わず息をのむ。演技者は二十メートルはあるだろう空中から落下し、もちろん網の上だが、二、三回跳ね返ってむっくと起き上がる。この失敗を見破らないように二回目も三回目もやってのけ、みんなを失望させておきながらつぎは一気に成功させる。場内に割れるような拍手が巻き起こる。この呼吸を引き取るように、成功を連続させて観客の気分を最高潮にもっていく。この演出ぶりは心にくいばかりである。こう言いながらも、どっぷりと私もその興奮に使っていた。
サーカスを見たその日(平成三年十二月二二日)の新聞に、又ソ連のニュースが出ていた。『国家共同体を創設』(朝日)、いよいよソ連邦六十九年の歴史に幕がおりたと報じられている。あの笑みを浮かべた演技者たちの身分は?何にもまして、彼らの心はどこへ帰るのだろうか、と思った。


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